ほとんど24時間かかってたどり着き、4人ともボロ雑巾のよう。
もう二度と、幼児を膝に抱えての超距離フライトなどやりたかない。
2歳を超えると膝上はあり得ないので、いやもう二度とこんなことないですがね。
しかし次回は4人分の飛行機代がフルにかかってきますよ。
次の運転免許証(日本)の更新まであと3年。
ガクガクプルプルしながら過ごすんかい。
| しばっさんのiphoneで激写 もう絶対にいやや、こんなん |
- 暑かった 毎日35℃とかの気温で外出もままならず、夜間の最低気温もあまり下がらない。一番暑い時期を選んだ私がバカでした
- 高かった 滞在中に円高ドル安のレコードを更新($=75円)。手持ちのドルの価値がほとんど半分に、クレジットカード(米発行)払いでは価値的に2倍は行きそう。飛行機のチケット代、経路の変更手数料、保険、経費、交通費、ホテル代、すべてを合算したら1万ドルぐらい行きそうです、イタタタタ
- 面倒くさかった いやもう手続きとか書類とか、なんであんなにややこしいんですかね。はんこ何回押したかな。教訓、運転免許証は失効する前に何とかしましょう。
- 狭かった 一人あたりのスペースが非常に狭い、人が多い、隙間がない、すべてのものがコンパクトで小さい
- 重かった 普通の荷物に加えて、20キロ(3歳児)と10キロ(1歳児)+オムツに子供の着替えにおしり拭きに、と重さ&かさで身動きが取れませーん
- 悲しかった テレビに映る芸能人が高齢化。みのもんたがおじいちゃんに、柳葉敏郎が白髪に、と何だか悲しくなってしまった。時の流れをひしひしと感じた。そんな自分もおんなじだけ。わはは
- うるさかった 街の音ってあんなにやかましかったのか、流れる音楽、雑踏、サイレン、何だか耳障りだった
- 眠かった 日本→アメリカ、アメリカ→日本も、夕方めちゃくちゃ眠くて夜中に目が覚める、というのが長く続いた。特に子供たちは強制的に時差ぼけを解消するのができないので、ちょっとかわいそうだった
- 懐かしかった 目に入る物、耳に聞こえてくるもの、手に触れるもの、味わうもの、匂い、すべてが「そうか、こんなんやったんか」と思うような懐かしさ
- 嬉しかった 6年ぶりの両親、8年ぶりの弟、初めて合う親戚、数年ぶりから十年以上会ってない友人知人。その中でも86歳になる祖母に会えたのが一番嬉しく、また別れの寂しい再会だった
- 実感した アメリカの入国審査時に「Welcome back(おかえり)」とにっこり言われて安堵した。家に帰ってきた、という感動を、今ひしひしと感じています。
ひどい時差ぼけは治る気配がなく、まだ写真の整理も手をつけてなく、また仕事のスケジュールを立て直したりやることが山積なので、旅行の記録も気が向いたらぼちぼち書こうかな、と思っています。
幸運にも今回会えた皆様、とても嬉しかったです。お世話になりました。
タイトスケジュールで残念ながら会えなかった皆様、次回はぜひともお会いできますように。
あと、思ったより多くの友人達がこのブログをこっそり覗きに来てくれていることが分かり、こんな畑、子供、愚痴、たまに陶芸というつまらぬ内容に、ちょっとまずいなあと思い始めたところです。もうちょっと真面目なネタを書くように、ホンマ心がけますわ。
うっそーーーーん。
えーっとですね、最後の「うっそーーーーん」に
ReplyDelete全てが反映されてる気がします。
Welcome back!!
おかえりなさーい!
楽しかったようで何よりです。
きっとこの滞在の楽しかった思い出が
こっちでの怒涛の生活に耐えれる力をくれるでしょう(笑)。
しばっさんはしこたまおちゃけ飲んできました?
オゲ男くんの日本語上達レベルを知りたい(うしし)。
nee様
ReplyDeleteコメントありがとう。
そしてただいまです。
楽しかったけど、やっぱりいろいろ考えさせられる旅となりました。
一番強く感じたのは、日本に自分の居場所(物理的にではなく、精神的、また実質的)がない、ということ。
このままアメリカに住んでまた長い時間が経って、帰国した時にもっと孤立したような気持ちになるんじゃないか、とか。
身体はひとつしか無いから、自分の住む場所も一つしか選べないですよね。
これから1月まで、ほとんど休みがありません。
一ヶ月間遊んだツケを返して行かないと。わはは。
しばっさん、一升瓶こっそり購入してました。
オゲ男の日本語、かなり上達しましたよ。
最後に、お誕生日、おめでとう。